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【先代マクマホン・シニアの商才と実行力】


──1978年(昭和534月、アメリカのフィラデルフィアで『格闘技オリンピック』と銘打たれたイベントが開催され、それにアントニオ猪木、坂口征二、ストロング小林の〝新日本プロレス三強〟も参加していました。まずはこのイベントの詳細について伺いたいと思います。主催はWWWF(現WWE)のビンス・マクマホンでしたが、この格闘技イベントは当時の猪木さんがぶち上げていた〝世界格闘技連盟〟のプランと連動したものだったんでしょうか?


猪木 いや、あまり彼らにそういう発想はなくて、アリ戦のときもそうだったけど、俺がやった異種格闘技戦にいかにうまく便乗して儲けようかという発想しかなかったんですよ。ただ、あの頃のアメリカのプロレス興行は、すでに決していい状態ではなかったから、現状に対して何か一石を投じたいという思いはあったようです。


──アリ戦の際、マクマホンはアメリカにおける猪木さん側の代理人として活躍したとも聞いています。この時期、猪木さんとは相当結びつきが強かったのでは?


猪木 アリ戦の諸々の件に関しても、彼らのほうから「何かやらせろ」と乗り込んできた。ニューヨークで開催する便乗イベント(アンドレ・ザ・ジャイアントvs.チャック・ウエップナー)で儲けるのが狙いだった。いつも俺たちはアメリカのプロモーターにはいいように利用されていて、それはいまでも変わらないんですよ。まあ、マクマホンは興行師としては感覚も鋭くて、俺の異種格闘技戦には最初から大きな関心を抱いていたみたいでした。いつかそれを自分でもプロモートしようと機会を窺っていたんだね。そういう意味では先代マクマホンは実行力もあって、いまのジュニアと違って紳士だった。


【猪木の異種格闘技戦がアメリカで定期的に行われていたら格闘技ブームは早まっていたかもしれない】


──いまから見ればこのイベントはアメリカ・マット界における画期的な格闘技イベントだったように思われます。現地のファンはどんな反応だったんですか?


猪木 当日の観客の反応は、たしか事前の情報があまり行き渡ってなくて鈍かったように記憶してる。だけどその後、シルベスタ・スタローンが猪木・アリ戦をモデルにして映画『ロッキー3』の劇中でホーガンと異種格闘技戦をやるシーンが出てきたり、後になって目に見える影響が現れてきたんじゃないかな。そうそう、この間のイベント(19966月に開催された『ロサンゼルス・レスリング・ピースフェスティバル』)のとき、アメリカのマニアファンがフィラデルフィアのイベントのときの写真を持っていてサインを求めてきたのにはちょっとびっくりした。まだ憶えてる人がいるんだよ。


──猪木さんが仮にあのままアメリカに定着、もしくは定期的に向こうで異種格闘技戦を行なっていたらどうなっていたでしょう?


猪木 いまのアルティメットみたいなブームがもっと早く起きて、意外にちゃんとした形で根付いたかもしれないな。


【打撃系格闘技対策は完成の域に達していた】


──この『格闘技オリンピック』で猪木さんはザ・ランバージャック・ジョニー・リー選手(193cm100kg/全米プロ空手ヘビー級王者)と闘っていますが、どんな印象が残っていますか?


猪木 体が大きくて結構迫力がありましたね。一発のパンチも重くて。だけど技が単調ですぐに動きが読めてしまった。


──この頃になると、猪木さんの異種格闘技戦の闘い方、とくに打撃系格闘技への対策は完成の域に達していたように見えます。


猪木 はい。相手が普通のグローブを着けている場合なら、とくに顔面以外は食ってもいいと思ってましたし、顔面のガードの構えさえできていれば、その上からいくら打たれてもやられる心配はなかったね。とくに俺たちレスラーはボクサーやキックの選手と違って重心が低いから。しっかり構えて打たれることを覚悟して懐のなかに入っていけば、多少いいのをもらっても一発では倒れないですから。


──モンスターマン選手と比較するとどうでしたか?


猪木 ランバージャックという選手は、マーシャルアーツの選手同士の闘いでは強かったと思います。ただ、モンスターマンのようにナチュラルな柔軟性から繰り出される予測不能の動きやリズムはなかったし、振りが大きかったから俺としてはやりやすかった。蹴りもよく見えてたし。だいたいパンチならモハメド・アリ、キックならモンスターマン以上の選手はいなかったんだから、闘っていても気楽な部分はあった。


──そのモンスターマン選手が、猪木さんの試合の前に坂口征二選手と対戦してKO勝ちを収めていましたが、その試合はご覧になっていましたか?


猪木 あまりそのへんの記憶は定かじゃないんだけど、たしか見てたんじゃないかな。


──正直、モンスターマンの蹴りがどんなに速いといっても、坂口選手とはかなりウエイト差があったのであの結果には衝撃を受けました(註/坂口選手が身長で6cm、体重で20kg上回っていた)。


猪木 坂口の場合は基本が柔道でしょう、彼の強さは投げにあったから、どうしたって掴まないことには始まらない。自分から相手の間合いに入ってしまうところが辛かったですね。それにまだ打撃に対するディフェンスもできていなかった。


──どんなにウエイト差があっても、相手の距離でクリーンヒットされれば鍛えたレスラーでもひとたまもりもないということですね。


猪木 そうですね。それに何より、モンスターマンの自由自在な蹴りのバリエーションに翻弄されてしまって自分の持ち味を出しきれなかったということですね。


〈『アントニオ猪木の証明』木村光一著より抜粋〉





# by leicacontax | 2022-10-26 06:14 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(0)

【猪木・アリ戦が格闘技界の枠組みを変化させた】


──異種格闘技戦の対戦相手として、一時、プロボクシング元ヘビー級王者ジョージ・フォアマンの名前が頻繁にあがっていました。そもそもフォアマンとは1977年(昭和5210月に対戦内定という発表もあってファンは大いに期待していたのですが、結局、実現には至っていません。いったいなぜ猪木・フォアマン戦は行われなかったのでしょうか?


猪木 フォアマンとやるという話に関しては、俺もどういう経緯なのかよくわからないんだ(笑)。


──と言いますと?


猪木 当時、俺の対戦相手として名前が挙がっていた中には、多分にマスコミが煽ったものもあってね。もしかしたら、向こうのプロモーターサイドと実際にそういう話が進んでいたのかもしれないけど、マネージメントの方は一切を新間(寿)に任せてたから、本当のところ俺も把握してないんだ。ただ、あの頃のボクシング界は、とくにヘビー級はアリ全盛で他の選手はチャンスに恵まれなくて不遇だったから、まったく根も葉もない話でもなかったかもしれない。


──猪木・アリ戦が奇跡的に実現したことで、ボクサーにもボクシング以外の格闘技へ進出する可能性が開けたわけですからね。


猪木 そうですね。それまで絶対的だったプロボクシングの世界の機構が、あれによって崩れたわけだから、一気にいろんなことをやれる土壌はできてました。そのへんも理解した上で、マスコミもいい意味で〝夢を仕掛けて来た〟ということだったんじゃないかな。彼らも熱い時代でしたから、こっちが乗せられて本当になってしまうことも結構ありました(笑)。


【もし、フォアマンと闘っていたら】


──ジョージ・フォアマンというボクサーに対してはどんなイメージを抱いていたのでしょうか?


猪木 自分が実際に対戦するという前提で見た場合、フォアマンはアリのように足を使うタイプではないから、比較的楽に闘えるとは感じてました。いまのマイク・タイソンもそうだけど、ヘビー級ボクサーはじっと相手の動きを見ながら構えていて、一気にダーン!といくパターンばかりでしょう。でもいくらパンチが強くても、対等なルールで向き合ったなら、顔面さえ完璧にディフェンスすれば懐に入り込んで掴まえて倒す自信はありましたね。倒されたらボクサーは終わりですから。


──どっしり構えてパンチ力に頼るタイプはレスラーにとって与しやすいと感じていたんですね。


猪木 ボクサーでいちばん怖いのは、やっぱり足の使える選手ですね。アリの凄さは、ヘビー級でありながら軽量級並みのフットワークが使えたことに尽きるんですよ。ボクサー同士の闘いでも相手に打たれないで済むし、レスラーと闘っても懐に入らせない。掴まえることができなければ、こっちは何もできませんからね。



〈『アントニオ猪木の証明』木村光一著より抜粋〉







# by leicacontax | 2022-10-23 15:54 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(0)

現実は精巧に造られた夢である。〈長谷川りん二郎の言葉〉


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