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猪木さんの63回目の誕生日。

今日はアントニオ猪木の63回目の誕生日。
白黒テレビに映っていたBI砲の時代から数えれば、もう、アントニオ猪木を40年近く観ている計算になる。本気で熱中し始めたのが1976年2月のウイリエム・ルスカ戦から。それから数えても30年。長い。おそらく、記憶に占める割合においては肉親や妻すら及ばない。アントニオ猪木と共にあった人生。そういっても過言ではない。

以前、猪木さんに「俺よりも俺のことを知ってる人間がいるっていうのは不思議なもんだ」というようなことを言われたことがある。
そういえば、小さな広告デザイン会社でグラフィックデザイナーをしていた頃、ふと思い立って週刊プロレス編集部を訪ね、当時のターザン山本編集長に自作のイラスト(すべてアントニオ猪木)を見て貰ったことがあった。その時、山本さんには「あなたはアントニオ猪木を見すぎている!」と言われた。後年、書き手に立場を変えてから山本さんにその話をしたところ彼は憶えていない様子だったが、「アントニオ猪木を見すぎている!」というその言葉は、私のそれまでの人生をまったく言い得ていた上、その後の人生まで見事に予見していた。

最近、猪木さんは「もう現役じゃないんだし、プロレスからも離れたんだから俺をいいかげん自由にしてくれよ」とよく口にする。バングラデシュに同行した際、「本音をいえばアントニオ猪木という名前も捨てたいくらいだ」という言葉も耳にして少なからずショックを受けた。猪木さんは笑みを浮かべていたが、その目は笑っていなかった。
すでに新しい夢に向かって邁進している猪木さんにとって、過去のしがらみは面倒なだけなのだろう。それはそうだ。何十年も自分を見つめ、自分よりも自分を知っている人間がこの世にごまんといるなど、普通ならぞっとしない。しかも、その人間たちのほとんどが自分の過去を後生大事にしている。顔を合わせれば今ではなく過去についての話が飛び出す。嫌になるのは当然だと思う。
しかし、猪木さんにはわかってほしい。
アントニオ猪木の歴史は猪木さんだけのものではない。数えきれないファンの人生と歴史もまたそこには無数に繋がっている。アントニオ猪木を尊重し、猪木さんの今を応援しているのもまた歴史を知るファン。そのことだけは、忘れないでほしい。
Commented by pasin at 2006-02-21 01:17
私もモンスターマン戦の頃からですから、30年見続けていることになります。
最近、若年層のプロレスファンを中心に猪木さんに対する風当たりは厳しいですが、思い返すと政界進出前もそんな空気でしたね。
当時は私も猪木さんの仕掛けに対して否定的でした。
なまじ全盛期を知っているだけに早く引退してくれという。
でも今になってみるとあの頃の猪木さんも面白いんですよね。
鈴木みのる戦とか静岡の長州戦とか。
今夜もあの頃の猪木さんを見ながら寝ることにします。
Commented by leicacontax at 2006-02-21 11:57
モンスターマン戦は本当に素晴らしかったですね。格闘技のスリリングさと凄みと異種格闘技戦の面白さのすべてが成立した希有な一戦でした。
モンスターマン戦といえば、1977年当時、猪木さんの打撃スパーリングパートナーを務めていた佐山さんに少し意地悪なことを訊いたことがあります。「あの闘い。今見るとモンスターマンの間合いが遠過ぎるような気がします。もし、もっと間合いを詰めた闘い方をしていたらどうなったでしょう?  モンスターマンのパンチで猪木さんはもっと苦戦したんじゃないですか?」と、そんな質問でした。
佐山さんはこう答えました。即答です。
「もっと早く猪木さんがつかまえて秒殺したでしょう」
モンスターマンのベースはテコンドー。佐山さんにそんな質問をした直後に、私はテコンドー関連の仕事をする機会があり、元世界王者の黄秀一(ファン・スイル)さんとCS放送の全日本選手権の実況解説席に座ったことがありました。(文字数の関係でつづく)



Commented by leicacontax at 2006-02-21 12:03
(つづき)
その大会は現在、五輪に採用されているテコンドーとは別派(ITF)で、防具非着用のライトコンタクトで試合が行われています。フルコンタクトではない代り、顔面へのパンチ攻撃もOK(失神に至らしめた場合は反則)。特有の華麗な足技に加えてパンチの間合いに入ったときの攻防も見応えがありました。
試合を見て、佐山さんの言っていた意味がはっきり理解できました。モンスターマンの間合いは、まさにテコンドー選手。ローキックが反則で上体への攻撃が高得点となる競技ゆえの距離感だったわけです。パンチ、キック共スピードに主眼を置くテコンドーは空手のように腰も引かない。たしかに下手に間合いを詰めればタックルの餌食。なるほどと思いました。
猪木さん本人にその話をすると、こんな答えが。
「モンスターマンはウエイトが軽かった。あのスピードと想像よりはるかに伸びてくるキックには驚いたけど、多分、一発、二発なら顔面にもらっても耐えられる自信があった」
ちなみに、猪木さんと佐山さんが対モンスターマン戦のスパーリングで行っていた練習は、佐山さんがパンチとキックで攻め、猪木さんは一切攻撃せずにひたすら受けるというものだったそうです。

Commented by pasin at 2006-02-21 23:40
モンスターマン戦のエピソード、ありがとうございました。
あのハイキイックの多彩さはテコンドーから来てたんですね。納得。

この試合を今になって「プロレスだから」みたいに揶揄する風潮が
ありますが、この試合にはちゃんとプロ格闘家の技術の攻防
がありますよね。
たとえプロレスだとしても誰がこんな試合を空手マンと出来るんでしょう。
月並みですが偉大なプロレスラーだったと改めて思います。
Commented by TJ at 2006-12-09 14:08
ボクも保育園の頃から猪木のことを格好いいと思っていました。今、44歳なので、40年近くファンなのです。
Commented by leicacontax at 2006-12-09 16:40
こんにちは、TJさん。
私たちの世代は子供の頃、必ず、プロレスごっこをしましたよね。やってみて四の字固めのあまりの痛さに驚いたり、キーロックが外れなくて腕が真っ白になったり、そうやって喧嘩とは違う形で痛みを覚えていったものでした。私は早生まれのため幼稚園や小学校低学年の頃は身体が小さくていつもやられ役。吉村道明の役ばかりでした(笑)。アントニオ猪木やジャイアント馬場の役は身体の大きいガキ大将が独占。そのときの悔しさもあって、背が伸びてから私は一時期、空手に夢中になり、以来、格闘技とは切っても切れない人生を歩んでいます。子供の頃、まさか自分がアントニオ猪木と直接話ができるようになるとは夢にも思いませんでしたね。
Commented by TJ at 2006-12-10 11:39
木村さんは、62年3月28日生まれですものね。ボクは8月25日だから、生まれた年は同じですが、1学年下です。木村さんの書かれる猪木論は信頼できる内容ですね。
Commented by leicacontax at 2006-12-10 12:23
ほとんどまるっと同世代ですね(笑)。
世代が共有する特有の記憶や感覚もありますが、私は何を書く時も、その対象の持つ普遍性をテーマにしています。常々、その辺りが読み手に伝わってくれればと願っております。
Commented by TJ at 2006-12-11 14:39
いわゆるプロレス雑誌と言われるものは、どちかというと技の名前の羅列に終わっていたり、感情論に終始していたりするような気がします。その点、木村さんの書く文章は非常に論理的です。
Commented by leicacontax at 2006-12-11 23:07
真のエンタテインメントには、必ずその面白さを支える技術的根拠が存在します。かつてのプロレス、とくに全盛期のアントニオ猪木のプロレスは巨大なファンタジーを支える盤石の〝強さ〟という根拠がありました。そしてその強さとは、いうまでもなく格闘技の技術。私はその当り前の根拠がプロレスにも存在していたのだという事実を書き残したかったのです。現在の格闘技全盛は猪木プロレスという核なくしてはあり得なかった。それは誰も否定できない歴史的事実のはずなのですが、一時代前とはつねに現在に否定されるのが宿命でもあります。その際、感情的な反論をいくら試みても何の役にも立ちません。過去と現在をひとつの流れとして捉える歴史観。それはあらゆる物事に必要な視点だと私は考えています。
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by leicacontax | 2006-02-20 16:40 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(10)

現実は精巧に造られた夢である。〈長谷川りん二郎の言葉〉


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