ドリームガールズ
2007年 02月 28日
が、物語は黒人による公民権運動が激化した'60年代を背景に、蔑まれ続けた黒人音楽がジャンルとして認知されるまでのアメリカ音楽シーンのダークな業界内幕もので、決して単なるサクセスストーリーではない。人間関係もどろどろの愛憎劇。それでも、そこはミュージカル。登場人物の感情の発露をすべて音楽に託し、あくまで夢の世界であることを逸脱しない。劇中のステージングはすべて第一級のショータイム。しかしながら、むしろそれが洗練され過ぎているせいでジェニファー・ハドソンの泥臭い熱唱シーン以外の印象を殺いでいるといえなくもない。主演のジェイミー・フォックスの抑えた演技やビヨンセの美しさ、吹き替えなしで見事な歌唱力を披露しているエディ・マーフィだって素晴らしいのに、である。
2時間10分の上映時間があっという間で物足りなさを感じさせるのはエンタテインメントとして成功している証。終わってみればサクセスストーリーを観た心地よさしか残らない。でも、この映画にとって、はたしてそれは幸福なのか? 音楽映画の名作 『ローズ』や『オールザットジャズ』を観た後にいつまでも消えなかった切ない余韻を憶い出し、ふと疑問も残った。
僕もこの映画にはゾッコンです。ジェニファー・ハドソンの歌には完全にノックアウトをくらいました。『ローズ』や『オールザットジャズ』も見たことは有ります、仰る余韻というものは悲劇性かなと思うのですが、この映画にはそれは無いですね。しかし、僕は「サウンドオブミュージック」を思いだす、史上最も愛されたミュージカルですが、見終わったあとの幸福感、何度も見たくなるところも、そっくりなんです。文句なく一級品の映画だと言えるでしょう。
観終わったあとの幸福感、何度も観たくなるところ──憎しみと別離だけに終わらないラストがこの映画の本質で、ひたすらハッピーなモータウンサウンドとイメージを重ねているのでしょう。ジェイミー・フォックス演じるプロデューサーがメッセージ性や黒人特有の情念の表現を否定するくだりはドラマの重要なポイントだと思われますが、この映画もまた、そこへ流されず軽快であり続けているあたりが実は強い主張の裏返しなのかもしれません。
ところで、『ドリームガールズ』のサウンドトラック、素晴らしいですね。映画を観て以来、毎日CD聴いてます。

