1995.12.30『突然卍固め』特別インタビュー
2022年 12月 16日
パンフレット掲載インタビューより/聞き手 木村光一
【高田には夢を取り戻してほしい。だからパートナーに選んだ】
──まさか高田延彦選手と猪木さんの師弟タッグが再び観られるとは思いませんでした。なぜ、パートナーに高田選手を指名したのでしょうか?
猪木 そうね、東京ドームで高田が武藤に負けて、あのまま消えちゃったらあまりに寂しいとね…。あれほどオーラを感じさせてた高田が、何であの試合のときにそれを全然失くしてたのか? レスラーっていうのは、だいたい花道を歩いてくる様子だけで勝敗がわかるというか、そのコンディションを感じるものなんだけど、あのときは、まさに高田は最初から負けてた! 俺があの試合に厳しい評価をしたのは、そういう意味もあったね。この試合のタッグパートナーに高田を指名したのは、プロレスの域を超えちゃってるかもしれないんだけど、人生は苦しいことばかりじゃないというか、自分がいくら頑張ってもどうにもならないときってあるから…。そういう部分をね、今なら俺と高田が対戦するよりも、組んだほうが何かを伝えられると思ったというか、きっかけをつかんでもらいたいと、そういう気持ちになったということかな。
──高田選手とは参議院選挙での対戦がありましたが。
猪木 昨日久しぶりに会って、高田がそのことも謝ってたけど、それもひっくるめて、起きてしまったことはよし! というのが俺の考えだから。経験することが自分に〝気づき〟を与えてくれるというか、俺もそうだったけど、こういうことを逆にチャンスと捉えられるかどうかなんだ。高田は新日本を出て行って、新しい理想や夢を追いかけたんだろうけど、いつの間にかそれが何だったのかを見失って、選手としても壁にぶつかったんだろうね。それで何かを打破しなきゃいけないと焦ってるところに立候補の話なんかも来たんじゃないかな。頼まれたら断れない人の好さとかもあったんだろうし…。だから高田の状態なんかはね、経験上俺には手に取るようにわかった。結局、俺から見れば高田や武藤は、プロレス界の未来を考えれば、どちらも大事な財産なんだよ。彼らは、俺の後にこれからも夢を売っていかなくちゃいけないんだから! 売る側が夢を失っちゃいけないんだよ。まず夢を取り戻さなくちゃ!
【新日本プロレスは何が本物かわからなくなっているんじゃないか】
──対戦チームの山﨑一夫選手や藤原喜明選手を、今どう捉えていますか? とにかく山﨑選手は新日マットUターン以来、猪木さんを挑発していますが。
猪木 感覚的には初対決っていう感じかな。ほとんど接点がなかったせいか正直言って印象が薄いんだけど、彼は非常に真面目だし、身体が柔軟だし、素質はいいモノを持ってる。ただ、格闘家としての幅の広さがまだ足りないような気がする。藤原についてはことさら言うことはないな、彼は自分の力以上のことを表現できただろうし。ただそれに満足するか、もう一度前に踏み出してプロレスに何かを残すか、そこが問われているときじゃないか。
──猪木さんから見て、おそらく二度と実現しないであろうこのカードのみどころは?
猪木 高田と山﨑は仲が悪くて、高田と藤原も良くないらしい。いいじゃない! 闘いにおいては面白い構図だよ。ただ、せっかくやるんだから、お互いを認め合えるような本物の闘いにしたいし、そうしなきゃいけない。
──奇しくもUWF系の選手たちに囲まれています。
猪木 そうね、自分が納得できるカードをいろいろ想定していくうち、自然にこうなってしまった。
──見方によっては、UWFというより往年の正統的新日本プロレスの匂いもしますね。
猪木 新日本プロレスに対する風当たりが長年強かったけど、それはファンの期待がもの凄く高かったということだよね。だから度々批判もされてきた…。ただ、いつの間にかそれに気を取られ過ぎて、ちょっと方向が違ってきてるんじゃないかと感じてる。興行会社としては老舗として確固たる地位を築き上げたけど、最初に抱いていた理念みたいなものが薄れてきている。本物はいつまでも変わらないと俺は思ってる。でも、何が本物なのかわからなくなるときっていうのもある。前田(日明)や高田も一時期そう思って飛び出したんだろう。だけど試行錯誤の時間の経過の中で、また最初に戻るみたいな部分はあると思うんだ。一度否定した手前、元に戻るのが格好悪いとかじゃなくて、嫌いな部分はあるだろうけど、もっと素直にいろいろなことを認める気持ちを持ってほしい。理想の原点は新日本プロレスにあったんだから! この顔ぶれでやる試合には、そんな意味合いも込められてるかな…。
【予想通りはつまらない。それがアントニオ猪木と新日本プロレスの歴史】
──この試合が猪木さんの大阪でのラストファイトになるようですが、そのことに対する感慨のようなものはありますか?
猪木 大阪では事件がずいぶんありましたねぇ!(笑) 暴動とか、会場に火をつけられたり、修繕費だけで2千万円くらいかかっちゃって興行どころじゃなかったね(註/’87年3月26日に大阪城ホールでデビュー25周年イベント『闘魂ライブ・パート2』が行われた際、アントニオ猪木とマサ斎藤の白熱の好勝負に水を差した海賊男の乱入に観客が激怒。会場の一部が放火される騒ぎになった)。あの頃は観客も熱くて、そういう過激な時代だったんだろうね。まあ騒動はあっちゃいけないことだけど、プロフェッショナルである以上、予想通りっていうのもつまんないよね。それを望んでやってるわけじゃないけど、ある瞬間にいろんなモノを結果として超えちゃう! それがアントニオ猪木と新日本プロレスの歴史だから! 俺が今でもなんとかリングに立ち続けているのも、そんな意外性かもしれない。ただ、同期の選手たち…この前、テレビでドリー・ファンク(ジュニア)を見たけど、正直言って寂しい姿だよ…。俺も他人から見ればそうなってるのかもしれないけど、今回の試合には世代を超えて、古いファンからの問い合わせが多いって聞いてるから、精一杯コンディションを整えてアントニオ猪木としての誇りを持ってリングに上がりたい」
──’96年の猪木さんの抱負は?
猪木 やりたいことがいっぱいあり過ぎて、とにかく世界がアッ!と驚くような仕掛けを、皆が夢を感じるようなプランを考えてる。ただそれを現実化するには大変なエネルギーも要るし金もかかる。人も必要だし、その体制作りをまず進めてる。ボーダーレス化が進んでいる世界の中で、日本だけがどんどん孤立化しちゃってるから、日本人としての誇りを持って情報を発信するイベントが今はいちばん大事かと思ってる。具体的には、新日本のロサンゼルス進出。アメリカのプロレスはスター作りを即席でやってきて、そのツケが回ってきてドーンと落ち込んでいるんだよ。ホーガンにしても、元々は新日本が手塩にかけて育てたものを横取りしていっただけ。その頼みのホーガン人気にさえ翳りが出てる…。結局、基本的な人材育成の部分がダメだから代わりが出ないんだ。そういう状況に喝を入れるためのアメリカ進出だね。
──最後に大阪のファンの皆さんへ一言お願いします。
猪木 大阪は昔からお客さんもいっぱい入ってくれたからね。アントニオ猪木の最後のメッセージと受け止めてもらえるような、いい試合をお目にかけたい! そう思ってます。

