アントニオ猪木が語る〝『ロッキー』のモデルになった男との闘い〟
2022年 10月 22日
【チャック・ウエップナーの〝ラビットパンチ〟】
──日頃から猪木さんは「キックはそれほど恐れなくていい。本当に怖いのはヘビー級ボクサーのパンチだ」と若手選手に話しているそうですね。
猪木 日本人でヘビー級ボクサーの、しかも一流選手のパンチを受けたことがあるのは俺だけなんですよ。
──たしかに。日本にはヘビー級ボクサーが存在しませんからそういうことになります。
猪木 チャック・ウエップナーが来たとき(1977年10月25日/日本武道館で行われた『格闘技世界一決定戦』で対戦)、新日本の道場で練習したんだけど、あいつのパンチで重いサンドバックが宙を舞ったんです。それを見たうちの若い選手たちがみんな唖然としちゃって。ウエップナーは体型を見た感じじゃそんなに力がありそうに見えないんでね。
──〝用心棒〟上がりのウエップナー選手はモハメド・アリに挑戦した際、クロスカウンターでダウンを奪うなど、あわや世紀の番狂わせかというドラマティックなファイトをみせて一躍脚光を浴びたボクサーでした。それを観て感動したシルベスター・スタローンが数日で『ロッキー』の脚本を書き上げたというのは有名な話です。実際に対戦してみて、ウエップナー選手のどんなパンチが印象に残りましたか?
猪木 あの後頭部を狙って打つ〝ラビットパンチ〟だね。あれで頭がコブだらけになって1週間くらい頭痛に悩まされましたから。
──ウエップナー戦で猪木さんは佐山聡さんが考案した掴むことができる特殊グローブ(オープンフィンガーグローブ)を着用し、前半は果敢に打ち合いにも挑んでいましたが、ヘビー級ボクサーとどこまで本気で打ち合おうと考えていたんですか?
猪木 なんか当時は格好つけてたんじゃない(笑)。ボクサーと打ち合って勝てるわけがないんだから。あのときはアクシデントで足の指を骨折していて、それでフットワークが使えなかったんですよ。まあ、ウエップナーの方にも勝ちに対する執念みたいなものが希薄だったんでこっちも助かったというか。
──ウエップナー選手の闘いはビジネスライクだったと?
猪木 どんなことしてでも勝とうという技術を超えたエネルギーやオーラみたいなものは感じませんでしたね。
──ここから先、命のやりとりになるかもしれないという領域に入って来ようとはしなかったわけですね?
猪木 そうですね。モハメド・アリやアクラム・ペールワンはそういう絶対譲れない何かを持ってました。モンスターマン、ウイリー・ウイリアムスにもそれにちかい意識を強く感じましたが、ウエップナーやレオン・スピンクスは……。
──つまり、一流の格闘家同士の闘いにおいて勝負を左右するのは、行き着くところ当人のプライド次第なのですね。
猪木 やはりプライドがもっとも大事な原動力。プライドがなければ絶対に勝つことはできないんですよ……。
〈『アントニオ猪木の証明』木村光一著より抜粋〉

