アントニオ猪木が語るモハメド・アリ戦の舞台裏
2022年 10月 13日
【リスクを覚悟して知恵を絞らなければアリ戦は実現しなかった】
──『格闘技世界一決定戦』(異種格闘技戦)シリーズの発端であるモハメド・アリへの挑戦の経緯を聞かせてください。
猪木 ボクシングこそ最強の格闘技で、だからそのチャンピオンである自分が世界一だというようなことをアリが喋った記事が何かに出て、これに噛みついたんですよ。アリが試合をしにクアラルンプールへ行く途中、トランジットで東京に立ち寄ったとき、当時の杉田(豊久)という渉外担当に挑戦状を持たせて手渡したらマスコミも面白がってね。
──こういう質問は失礼かもしれませんが、そのとき猪木さんは本気でアリとやるつもりだったんですか?
猪木 それは本気だから実現したわけで……。まあ、俺にもいろいろな相手が挑戦してきましたが、みんな勝ったときの自分のメリットしか考えていない。リスクを負うことは置いといて、ただ挑戦だけしてくるんですよ。きっとアリもそういう相手ばかり見てきたんだと思います。
10年くらい前(1980年代半ば頃)、プロレス界でも若い選手たちがいろんなことを言っては俺に挑戦してきたじゃないですか。でも、彼らも自分がリスクを負うことは考えてなかった。俺にしてみれば勝ち負けはある意味どうでもよかったんだけど、会社のこととかプロレス界全体のことを考えれば、当たり前に負けたときのリスクも考えなければいけなかった。だから挑戦する側はね、そこに何らかのメリットや意義を用意しなけりゃ相手にされないんですよ。アリにしても、俺とやらなければいけない理由は何もなかったわけで。そういう意味で俺は本気だった! 当然、次の段階ではギャラや諸々の条件の話になるのを覚悟した上で挑戦したんですから。
──なるほど。猪木さんはかなり用意周到に事を進めていたわけですね。
猪木 いや、そういうことでもない。俺は決断する前から走り出しちゃう性格というか(笑)。決断があって走り出すんじゃなくて、走り出してから決断するというパターンが多い。アリ戦にしても、挑戦状をマスコミの前で渡した以上は引っ込みがつかないでしょう、その先どうなるかをつねに注目されてしまうわけですから。そうなると「次はどうする」と必死になるしかない。
イラクのときもそうだったんだけど(註/1990年12月、湾岸戦争直前のイラクで人質となっていた在留邦人41名を救出)、そこから先は物事を実現するための知恵が必要になってくる。そこへ行かなきゃ何も始まらないと思ったから行きましたが、行けばなんとかなるじゃない。偶然に頼るのではなく、知恵を絞ってあらゆるコネクションを使って入っていったわけです。
アリ戦だって、アリという本丸に辿り着くためにはその取り巻きのブラック・ムスリムという宗教団体やプロモーターとの交渉を一つ一つクリアして……。プロレス界の人間に限らず、そういった場合に必要になる知恵を、みんな、あまり使っていないように思うんですよ。
【アリ側の提示額は140万ドル。採算が取れるかどうかは二の次だった】
──アリ戦の実現までには実に1年4カ月もの交渉を要したと伺っています。アリを引っ張り出せると確信したのはいつ頃だったんでしょう?
猪木 当時のプロモーターにホームズという人がいて、彼が可愛がっていた日本人がいたんです。なんだかいかがわしい奴だったんだけど、その男が俺に会いにきて「本気なのか?」と聞かれたんで「本気だ」と答えた。それで「じゃあやるならこれだけの条件を満たせ」と金額の提示があったんですよ。
──提示されたのは採算が取れそうな金額だったんですか?
猪木 当時はいまで言う〝ペイ・パー・ビュー〟に あたる〝クローズド・サーキット〟(註/スポーツの試合などが行われている会場の映像を、別の会場の大型スクリーンでリアルタイム上映するイベント)という興行形態があって、その収入と10チャンネル(NET/現テレビ朝日)の放映料、いくらだったかな、1億か1億5000万くらいだったと思うんだけど、それを合わせればなんとかペイできるかもしれないと。
でも、アリから提示されたギャラが140万ドルで、その頃のレートは1ドル307円ですから日本円で約4億3000万円……。確実に埋められる自信はなかったんだけど、まあ、お金の勘定はいつも後というか(笑)。要するに試合をやる意義の方に頭が行っちゃってたんです。結局、いろんな数字を合わせて計算していくとツーペイか、もしかしたら儲けが出るかもしれないとなって本格的に動き出したんです。
【アリのパンチで目が潰れるという予言】
──そしていよいよ試合が近づいてルール問題が焦点となっていったわけですが。猪木さんは最終的に決定したあの変則ルールでも勝てる自信があったんですか?
猪木 うん、勝てると! いや、正直いうと、勝ち負けも大きな比重ではあったんだけど、あの土壇場ではイベントをやること自体が楽しかったというか(笑)。
──後年、アリ本人はあの試合のことをどう語っていたんですか?
猪木 いまでも会う度「あんな怖かった試合はなかった。お前はどうだったんだ?」ってアリが例のファイティングポーズを取りながら同じ話をするんでそれがおかしくてね。怖かったといえば、実は、これは初めて話すことなんだけど、俺もあの試合の前に肩を痛めてコップも持ち上げられない状態になって医者に通ってたんです。で、その病院があったビルの高橋さんというオーナーが有名な霊能者で。その高橋さんが「猪木さん、心配だからどうしても見てあげたい」と俺とアリの前世を見てくれた。そしたら「アリの守護霊は非常に強い。あなたの守護霊も強いけどそれ以上なので危険です。もし一発食ったら目が潰れます」と言われたんですがね……。これ、本当だったんですよ。
──どういうことでしょう……?
猪木 予言を信じるかどうかはさておいても、ああいうがんじがらめのルールもあったんで、結局、パンチを食わないという戦略を立てたんです。これは俺が自分で確認したわけじゃないんで真実かどうかはわからないんだけど、後になって知ったんですが、どうもアリのグローブには細工がしてあったらしくて。しかもグローブは4オンス。ボクシングのグローブは厚さが数ミリ違うだけで威力が全然変わってくるんですが、まず普通ならヘビー級のアリがいちばん薄い4オンスのグローブを着けることはないはずで……。
──アリの拳の大きさからすれば4オンスは革手袋も同然ですね。
猪木 うん、革手袋みたいなグローブの下はバンデージを巻いた拳なんだけど、そのバンデージもシリコンでガチガチに固めてあったようで……。これは汚いとかそういうことじゃなくてね、それだけアリ側も勝つために必死になっていたわけです。
【幻の〝一撃必倒〟鉄板仕込みのリングシューズ】
──実際、試合中にアリのジャブがヒットしていましたが、それらしき感触はあったんですか?
猪木 試合中に打たれた記憶はほとんどなくて、ただ、スッと撫でられたみたいにパンチが頭を掠った感じはありました。その掠ったところが、あとでコブになってたんです。普通、完全に当たっていないパンチでコブはできませんから、やはり、グローブの中身がセメントみたいに硬い異物になっていたとしか思えないんですね。したがって、もし、目に直撃を受けてたら……。だから予言は当たっていた。それで、さらに因縁めいた話になってしまうんだけど、その予言をした高橋さんが、俺とアリの試合当日、6月26日に亡くなってたことを後になって知ったんです。
──すごい……。
猪木 アリが勝つために必死だったように、俺も実は同じようなことを考えてました。ルールで揉めに揉めて、それならと逆にルールの盲点をついた蹴りを戦法にすると決めた時点でリングシューズに細工をして。鉄板みたいなモノを仕込んで蹴る練習をして、見事に一発でひっくり返るくらいにまで仕上げてたんです。でも試合直前にね、良心の呵責があってその仕掛けは外しました。試合の途中、アリ側のセコンドからシューズの底の滑り止めにずいぶんクレームをつけられましたけど、本当ならそんなものじゃ済まなかった……。
──世紀の一戦の知られざる暗闘。両者ともぎりぎりの選択を迫られるところまで追い込まれていたわけですね。
猪木 試合の前々日かな、公開練習で見せちゃいけない技を見せたのも失敗だった。たしか藤原(喜明)の後頭部にゴムを着けさせてそこに蹴りを入れて(註/実際の相手は木村健悟選手)。延髄斬りのそれが始まりだったんだけど、その技を見せたばっかりに〝上半身への蹴り〟も禁止になってしまったんです。
【恐るべきアリの適応能力】
──もし、当初発表されていたようなオープン・ルールで試合が行われていたらどうなっていたと思いますか?
猪木 そうなっていたとしても、アリの格闘家としての勘は決して侮れなかったと思います。というのも俺が一発食うのを覚悟して組みつこうとしたとき、アリは咄嗟にロープをパッと掴んだ。もし、あれがマイク・タイソンやジョージ・フォアマンだったらどうかというと、彼らの動きを見る限り、絶対に捕まえられると判断がつく。でも、アリは感性が飛び抜けてるというか。そのへんの感覚は比較にならないんじゃないかな。実際、アリはラウンドが進むうちに自然に蹴りを防御し始めてましたから。
──アリはどんな方法で防御を?
猪木 こっちはちょうど彼が腕を下げたあたりを狙って蹴ってたわけです。はじめのうち、アリはただ蹴られるだけだったんだけど、次第にグローブを下げてカバーするようになって。これだけで蹴りの威力が半減させられてしまったんです。もう少しで倒せると思ってましたからあれには参りましたね。俺もパンチを食いたくなかったから踏み込みが甘かったし、蹴りにしても未熟でとても本格的とはいえなかった。でも、あれだけ蹴られて太腿を腫らして、それでも最後まで立っていられたのはアリの筋肉がずば抜けて強靭だったからです。そうでなくても、ただでさえヘビー級のウエイトを背負っているアリの脚には負担がかかっていたわけですから。
──直感の鋭さと強靭な肉体。闘ってみて、あらためてモハメド・アリの凄みを体感したわけですね。
猪木 才能や素質に加えて、アリは日本に来てから重りを身につけて10キロ走ったりもしてたんですよ。俺なんか走るのは得意じゃないから「自分は何十ラウンドもトレーニングメニューをこなして十分やった」と神仏に手を合わせて落ち着こうとしているときにそういう話を聞かされては、一瞬にして心を乱していました。人間の心って、もう大丈夫と思った瞬間に弱くなるんです。多分、アリも同じ思いでトレーニングをしてたんじゃないかな。だから俺と会う度に「あんなに怖かったことはなかった」という言葉を繰り返すんでしょう。
──最後に、猪木さんにとってアリ戦とは?
猪木 アリの言葉を借りれば「神が仕組んでくれた闘い」かな。
〈『アントニオ猪木の証明』木村光一著より抜粋〉


