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アントニオ猪木が語る“レジェンドレスラー”   (18)ブルーザー・ブロディ

【ベートーヴェンの『運命』と共に登場】


──19854月のブルーザー・ブロディ新日マット登場は、当時のプロレスファンに強烈なインパクトを与えました。なぜなら、ブロディは猪木プロレスとは決して交わらないレスラーの最右翼だと認識されていたからです。猪木さんは全日本で活躍していたブロディにどんな印象を持っていたのでしょうか?


猪木 知ってはいたけど、それほど興味はなかったですね。大体、やっぱり一番嫌いなタイプなんで(笑)。ただ、その頃は選手の離脱とか引き抜きとか、新日本が非常に厳しい状況にあったんで、強力なカンフルが必要だったんですよ。そんな中でブロディが新日本に来るという話になったんだけど、自分とは180度違うタイプでなおかつ嫌いなレスラーとどういう試合を作り上げられるか。ある意味、自分自身がそれをもっとも野次馬的に面白がってましたね(笑)。


──後楽園ホールにブロディがベートーヴェンの交響曲第五番『運命』と共に登場したシーンは衝撃的でした(1985321日・後楽園ホール)。実際に猪木さんとブロディが初めて遭遇したのはいつだったんですか?


猪木 そのときですね。


──事前の顔合わせなどはなかった?


猪木 俺はそういうことはしません。それより、あの『運命』は俺の閃きでね。


──そうなんですか!? あの演出、まったく度肝を抜かれました。


猪木 ブロディが新日本に上がるという話が決まってからね、寝てる時、突然パッと「登場シーンは『運命』だ!」って閃いて。でも、みんなにその話をしたら「そんなのはお笑いですよ」って笑われて。何がお笑いなのか俺にはわからなかった。


──しかし、実際にやってみたら古舘伊知郎さんの実況と相まって劇的な効果をあげていましたね。


猪木 いや、結果的にはそうなったんだけど、同じ『運命』でも「ダダダダーン」と「ダッダッダッダ〜ンッ!」じゃ全然印象が違う! これは感性の問題だからスタッフに理解させるのが難しくて……。リングの上から見ていて「ダッダッダッダ〜ンッ!」じゃないのが不満だったことばかり憶えてます(笑)。


──もっと重厚なオーケストラの『運命』をフルボリュームでかけて欲しかったわけですね。


猪木 演出もそうだけど、音楽もトーンひとつで選手の気持ちが変わってしまうんですよ。客の入りもそう。観客が多いと自然に力が湧いてきて、選手が張り切り過ぎていつもなら5分で決まる試合がなかなか終わらなくなったりする。いつも「いい加減にしろ!」って怒ってたんだけど、大会場での試合時間がどうしても長くなってしまうのはそういう訳なんです。まあ、とにかく、おそらく俺の中のプロモーターとしての自分が、四六時中、無意識のうちに選手の力を引き出す効果や演出についても考えているんですね。


【利己主義の権化のようなブロディのファイトスタイル】


──ブロディと闘ってみて印象は変わりましたか?


猪木 最初は「こんな〝木偶の坊〟はいない!」っていうのが正直な感想でしたね。相手をどうこうするというより、自分の決められたパターンしか演じないというブロディの〝型〟が出来上がっていて、誰が何と言おうとそれを崩そうとしない。絶対に相手に合わせようとしないんだから、いい試合をしようにもどうにもならないというか……。


──スタイルの違いでは済まされなかったと?


猪木 もっとも扱いにくくて厄介な選手でしたね。新聞記者をやってたくらい頭も良かったんだけど、まるで人を信じられない性格なんですよ。プロレスは闘いだけど殺し合いじゃない。だから許し合える世界もそこにないといけない。なのにそれが彼にはなかった。おそらくそれがああいう死に方(註/1988年、プエルトリコでの試合前、レスラー兼ブッカーのホセ・ゴンザレスとの諍いが原因で試合前の控室で刺殺された)につながってしまったんだと思う。


──人を信じようとしない利己的な人間性が、そのままブロディのファイトスタイルに直結していたとすると、猪木さんとブロディの試合は、他者を肯定する者と否定する者が、互いの生き方をぶつけ合った闘いでもあったんですね。


猪木 そうかもしれないですね。


【〝受けきる快感〟が極限に達した瞬間に生じる〝殺されても本望〟という異次元の達成感】


──ブロディの頑ななファイトスタイルに対し、猪木さんは徹底的に彼の技を受けることで試合を成立させていたように思います。そのためか、ブロディもまた、猪木さんが相手のときはニードロップを喉元に落とすなど、それまでのファイトより一段も二段もギアを上げていたような気がします。


猪木 最近になって気づいたんだけど、俺がプロレスの試合に求めていたのは、強いか弱いかとか勝った負けたとかじゃなくて相手との調和だったんですよ。それはさっき言ったプロデュース感覚にも関係してるんだけど、ブロディをそれに当てはめて言えば、噛み合わないなら噛み合わないで、俺が徹底して受けることでブロディに心地よさを与えて彼のテンションをさらに上げていった。俺もそこに試合の意義と満足感を見つけて達成感を味わっていたんですね。その心地よさっていうのは、きっと観客にも伝わっていたんじゃないかな。


──猪木さんがこれまでいくつかの試合の中で口にしたといわれる「俺を殺せ」という言葉は、容赦ないブロディの攻撃を正面から受けきったときのような、ある種の極限状態に達したときに発せられていたんですね。


猪木 ブロディのモノ凄いニードロップを受けたときもそうだったけど、互いの心地よさが極限に達すると、痛みも自分の中に吸収されてしまうんですよ。闘っていくうちに開けていく意識があって、それは最高に快感で、極限になると「殺してもいいんだよ。お前に殺されたら本望だよ」という許しきれる域にまで行ってしまう。やられりゃ肉体的には痛みを感じるんだけど、意識のテンションは逆に昂まって「イスで殴るならハンパやらないで鉄の部分で来い! 受けてやる!」っていうね。そういうパワーが漲った試合がいくつかあった。たしかブロディとの最後の試合のあと、彼も「こんなに満足した試合はなかった」とコメントしてたから、おそらくブロディも何かを感じたんじゃないかと思う。


──1985916日、大阪城ホールで60分フルタイムを闘い抜いた7戦目ですね。技の少ないブロディを相手にフルタイム戦をやってのけたこと自体驚きでしたが、さらに、この一戦が猪木さんの持病の糖尿病がかなり悪化していたさなかに行われていたと知って二重に衝撃を受けた記憶があります。


猪木 そうでしたかね……。まあ、いつも体調はどこかしら悪かったんで、自分ではよく憶えてないんだけどね。


──濃密な闘いを通して、ブロディにも猪木さんの思いは伝わったんじゃないですか?


猪木 そうかもしれないですね。アントニオ猪木の魂というか、強いか弱いかを超えたときに到達できる世界……。多分、それがプロレスにおける究極の領域なのかもしれない。最初で最後になってしまったけど、ブロディも初めてそこに足を踏み入れたのかもしれなかったね。


【第三者のプロデュースを受け入れる度量があればブロディは大輪の花を咲かせた】


──せっかくハードな闘いを通じて何かを共有できたかもしれなかったブロディが、その後、再びトラブルメーカーに逆戻りしてしまったのは残念でした。


猪木 結局、自分を高く売ることばかり考えてたんですよ。プライドの高さをそのまま即ギャランティとかに結びつけてしまう。プロですからそれは構わないんだけど、ちょっと度を越していたというか。こっちが「よし、今日は徹底的にやるぞ!」ってテンションを高めているのに、試合直前になって突然「試合はやらない」とか言い出すんだからね……。俺が控室まで乗り込んだこともありましたよ。


──それはファイトマネーを吊り上げるための駆け引きだったんですか?


猪木 彼の常套手段だったんですよ。それで全日本もずいぶん泣かされたんじゃないかと思います。それにしても限度ってものがありますから。本当のところはわからないけど、もしかすると彼には、人を信じられないという性格だけじゃなくて、彼自身、自分でもコントロールしきれない分裂症的な側面を抱えていたのかもしれませんね。


──闘ってみて猪木さんのブロディに対する評価は変わりましたか?


猪木 監督と役者というか、マイク・タイソンとドン・キングの関係みたいな、第三者のプロデュースを受け入れることができていたら、ブロディは大輪の花を咲かせたと思うんですよ。あれだけのキャラクターとパワーの持ち主だったしね。たとえばまだ彼が生きてて、現在のアルティメット(総合格闘技)とかグレイシー柔術に挑戦したとしたら、それだけで東京ドームが満杯になったでしょう。おそらく、アントニオ猪木がヒクソン・グレイシーと対戦するより、ある意味で期待感が高まったんじゃないですかね。


──たしかにブロディは、プロレスラーが本来持っていたであろう人間離れした強烈な魅力を発散させていました。 


猪木 それこそが誰も真似のできないブロディの才能。まさにプロレスラーだったんですよ。


〈『アントニオ猪木の証明』木村光一著より抜粋〉





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by leicacontax | 2022-10-09 12:40 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(0)

現実は精巧に造られた夢である。〈長谷川りん二郎の言葉〉


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