数字で読み解くアントニオ猪木 “3年”
2021年 03月 13日
1957年2月3日。猪木家総勢11名は「サントス丸」に乗って横浜港第三桟橋を出航した。3年後の1960年。17歳になった猪木はブラジルを訪れた力道山に見いだされ、帰国を果たした。
ブラジルを出発する前、力道山はサンパウロのコンゴニアス空港で記者会見を行い、詰めかけたファンと記者に猪木を紹介した。その時、力道山はこう語った。
「3年で立派なレスラーに育てます。3年経ったら皆さんの前にお返ししますから」
猪木はその言葉を心に深く刻み、3年後にはチャンピオンになって家族の待つブラジルへ凱旋することを決意した。しかし、それから3年後の1963年。力道山は帰らぬ人となり、約束は果たされなかった。

