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プロレスラー・アントニオ猪木年表/1967(昭和42)〜1968(昭和43)

1967(昭和42


1月5日 大阪府立体育会館。国際プロレス旗揚げ。「パイオニア・シリーズ」開幕。東京プロレス・国際プロレス合同興行。

1月6日 大阪府立体育会館。ヒロ・マツダと組んでJAスミス、LUブラウン組を破り、NWAタッグ王座防衛。

1月8日 東京プロ・レスリング興業会長の豊登他役員2名を業務上横領で告訴。東京プロレス崩壊。猪木は新たに東京プロ・レスリング株式会社設立。

1月14日 愛知県体育館。猪木・マツダ組、ジョニー・バレンタイン、エディ・グラハム組と引き分けNWAタッグ王座防衛。

1月24日 栃木県体育館。猪木・マツダ組、JAスミス、LUブラウン組を破りNWAタッグ王座防衛。

1月30日 横浜文化体育館。ジョニー・バレンタインを破り2−0で破りUSヘビー級王座防衛。

4月6日 パレスホテル。日本プロレス復帰を発表。東京プロレスの若手選手はそれぞれ日本プロレス、国際プロレスへ移籍。斎藤昌典は単身渡米。後にマサ斎藤として成功を収める。

5月5日 鳥取市体育館。吉村道明とのタッグでセミファイナルに登場。リング復帰を果たす。

5月12日 岐阜市民センター。ジャイアント馬場と初タッグ。マイク・デビアス、ワルドー・フォン・エリック組に勝利。馬場とのタッグは「BI砲」と命名され、以降、日本プロレスの看板となる。

5月26日 札幌中島スポーツセンター。吉村道明と組み、「アジア・タッグ王座」奪取(第19代王者)。対戦相手はマイク・アーキンス、ワルドー・フォン・エリック組。6月7日 盛岡市体育館。ジャイアント馬場、ミスター・イトウ(上田馬之助)と初トリオ結成。

6月25日 愛媛県民館。猪木・吉村組が、リップ・ホーク、スエード・ハンセン組を破り、アジアタッグ王座防衛。

7月6日 大阪府立体育会館。猪木・吉村組が、ディック・スタインボーン、ダッチ・サベージ組を破り、アジアタッグ王座防衛。

9月29日 札幌中島スポーツセンター。猪木・吉村組がターザン・タイラー、リッキー・ロメロ組を破り、アジアタッグ王座防衛。

1031日 大阪府立体育会館。ジャイアント馬場と組み、「インターナショナル・タッグ王座」奪取(第10代王者)。対戦相手はターザン・タイラー、ビル・ワット。猪木は同王座に専念するため、アジアタッグ王座を返上。


1968(昭和43


1月8日 悪天候による飛行機の欠航で広島県立体育館大会を欠場。インタ・タッグ王座防衛戦が不可能となり同王座は空位に。代わって馬場・吉村組がビル・ミラー、クラッシャー・リソワスキー組と王座決定戦を行うが引き分け。王座はコミッショナー預かりに。

2月3日 大田区体育館。馬場・猪木組がビル・ミラー、クラッシャー・リソワスキー組に2−1で勝利。インタ・タッグ王座返り咲きに成功。

2月26日 大阪府立体育会館。馬場・猪木組がハーリー・レイス、ディック・ザ・ブルーザー組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

4月20日 福島県立体育館。キラー・コワルスキーと対戦。1−1の引き分け。

5月16日 大阪府立体育会館。馬場・猪木組がターザン・タイラー、フレッド・ブラッシー組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

6月17日 宮城県スポーツセンター。馬場・猪木組がマリオ・ミラノ、Cハリケーン組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

7月29日 札幌中島スポーツセンター。馬場・猪木組がスカル・マーフィー、レイ・スチーブンス組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

8月9日 田園コロシアム。馬場・猪木組がブルーノ・サンマルチノ、レイ・スチーブンス組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

9月21日 大阪府立体育会館。馬場・猪木組がキラー・カール・コックス、Kカールソン組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

1024日 広島県立体育館。馬場・猪木組がキラー・カール・コックス、マッドドッグ・バション組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

1029日 愛知県体育館。馬場・猪木組がキラー・カール・コックス、マッドドッグ・バション組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

1129日 室蘭市富士鉄健保体育館。NWA世界王者ジン・キニスキーと対戦。体固めに敗れる。

1130日 札幌中島スポーツセンター。馬場・猪木組がポール・デマルコ、ジン・キニスキー組を破り、インタ・タッグ王座防衛。

12月3日 大阪府立体育会館。馬場・猪木組がブルート・バーナード、ジン・キニスキー組を破り、インタ・タッグ王座防衛。 


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by leicacontax | 2021-03-13 21:29 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(0)

現実は精巧に造られた夢である。〈長谷川りん二郎の言葉〉


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