カサブランカ
2006年 03月 06日
ダンディズムという言葉が死語になって久しい。
大辞林によれば、
1 おしゃれ、伊達(だて)に徹する態度。一九世紀初め、イギリスの青年の間に流行したもので、その影響はフランスにも及んだ。
2 その男性の、生活様式・教養などへのこだわりや気取り。
とある。
日本風にいえば「粋」(いき)のような感性か。昔、私はダンディで粋な大人になりたいと思っていたものだった。
それが今では、いい大人の男が「チョイワルオヤジ」などと呼ばれて喜んでいる。本来はそのコピーもイタリアの伊達男のニュアンスが含まれているようなのだが、流行語になった途端、言葉の本来の意味が喪失するのはよくある話。巷には下品なチンピラオヤジが溢れている。
カサブランカはダンディズムに貫かれた古典的男のかっこよさに溢れた映画だ。
物語は第二次大戦下の男女の悲恋。典型的なすれ違いメロドラマ。いまどきこんなプロットで撮ったら。とんでもなく甘ったるいお涙頂戴か説教臭い平和主義啓蒙映画になってしまうに違いない。だが、実際に第二次大戦のさなかに撮影されたこの映画は、画面の隅々にまで戦時下の張りつめた空気が満ちていて、それがかえってメロドラマに深みとリアリティを与えている。
主演のハンフリー・ボガードは客観的に見ればさほどいい男ではない。劇中に登場する恋敵「ラズロ」の方が背は高いし二枚目だ(しかも、失恋の痛手から世を拗ねた生き方をするようになってしまったボガード演じる「リック」と違って、ナチスと戦う英雄。絵に描いたようなヒーロー)。非の打ち所のない美女イングリッド・バーグマンに似合いなのは、当然、ラズロである。
それなのに、この映画を観る時、男は皆、決まってリックに肩入れしてしまう。
リックの悲恋に涙し、拗ね者のくせに弱い者を見れば放っておけないその侠気(おとこぎ)に痺れてしまう。強さと弱さのコントラストが醸し出すチャーミング。リックは堕落した生活を送っていても、やせ我慢というダンディズムだけは一徹に通している。
チョイワルオヤジはたぶんやせ我慢はしない。
欲望全開の生き方はそれはそれでエネルギッシュで悪くはない。が、美しさに欠ける。
抑制を利かせる。それがダンディズムの肝なのだ。
リックの魅力的な人物造形やバーグマンの美しさだけではない。
カラーでは表現できないモノクロフィルムの繊細な影の美しさや、今も歌い継がれる「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」(時の過ぎゆくまま)をはじめとする、さりげなく、それでいてドラマティックな音楽の使い方。小さな役に至るまで一人たりともおろそかにせず、それぞれの人生を感じさせる脚本の巧みさ。この作品も、私にとっては完全なる映画の1本である。
■カサブランカ
1943年/アメリカ/ワーナー・ブラザーズ製作/アカデミー賞3部門(作品・監督・脚本)受賞/マイケル・カーチス監督