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オール・ザット・ジャズ

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私にとって、この作品はこれまで出会った数少ない「完全なる映画」の1本だ。
「完全なる映画」とは、脚本、映像、キャスティング、音楽、編集といった映画=総合芸術としての要素をすべて最高レベルでクリアしていることは言うに及ばず、さらに、観た瞬間からそこに描かれている世界へ一瞬にして連れて行ってくれる、そんな作品だと私は定義している。

この映画に出会ったのは、私が田舎から上京し、美術大学で映画の勉強を始めたちょうどその年で、あらゆる映画を観てやろうと貪欲になっていた時期だった。しかし、養老猛先生がいう「バカの壁」ではないが、世間知らずで独りよがりだった田舎の少年は既成概念に縛られていて、東京で初めて観るそれまで観たこともないスタイルの映画に翻弄されては、わからない、と自己嫌悪に陥っていた。
今のようにビデオも普及していない時代。レンタルビデオもないその頃、自由に好きな映画を観ることも叶わず、映画という情報を手に入れるのも一苦労。「ぴあ」や「シティロード」片手に名画座やオールナイトの特集上映で好きな俳優や監督の名前を探しては訪ね、1コマも見逃してなるものかと必死で映画を頭に叩き込んでいた。

「オール・ザット・ジャズ」は華やかなニューヨーク・ブロードウェイが舞台。欲望やさまざまな思惑の渦巻くショービジネス界の栄光と退廃。その設定だけで私にはいっぱいいっぱいだったのだが、さらにこの映画、ロイ・シャイダー演じる主人公の演出家の現実と非現実が対話しながら進行していくという一見難解な構成で、初めて新宿の映画館で観た時には意味が分からなかった。が、それでも、十分、その凄さだけはわかった。鳥肌が立った。
セックス&薬物&ニコチン中毒の主人公は案の定、病に倒れ、死へと突き進んで行く。最後の力を振り絞って作り上げたミュージカルも、結局は日の目を見る事もない。話の筋だけを追いかければ、何の救いもない夢も希望もない荒廃した映画だ。なのに、観終わると力が湧いてくる。
主人公が死ぬ間際、彼の脳内で華やかなショーが繰り広げられる。人間は死の直前、一瞬のうちに走馬灯のように自分の人生を振り返るというが、この映画の主人公は、それを見事な自作自演のミュージカルに仕立て上げる。出演者は、これまで自分が出会ってきたあらゆる人々。人生という名のスペクタクルショー。そこで唄い、踊り、皆に見送られて、彼はステージに幕を下ろす(ちなみにこの映画は、ボブ・フォッシー監督の自伝であるともいわれている)。

故・伊丹十三監督の「たんぽぽ」という映画の中でも、役所広司演じる映画好きのやくざな遊び人が、「オレ、人生の最後に上映されるその映画を観るのが楽しみなんだ」というようなセリフを言っていた。
死は怖い。しかし、死と引き換えに、自分が主人公の最高の作品を観ることができるのなら、それもいいかと思う。
ただ、私はこの映画の主人公と同様、欲張りだ。それならそれで、最後に観る作品(それが映画なのか芝居なのかそれも楽しみだ)を、より面白くしてやうじゃないかと、つい思ってしまう。人生はすべてそのための準備。材料だけはたくさん用意しておかなければならない。

■オール・ザット・ジャズ
1980/20世紀フォックス/カンヌ映画祭グランプリ/アカデミー賞4部門(美術・衣装・編集)受賞/ボブ・フォッシー監督作品




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by leicacontax | 2006-03-03 04:06 | 映画/TVドラマ | Comments(0)

現実は精巧に造られた夢である。〈長谷川りん二郎の言葉〉


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