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【〝ノールール〟とは、どうすれば〝勝ち〟になるのかもわからない異様な闘いだった】


──アクラム・ペールワンとの闘いが「ノールール」だったという話は本当なんでしょうか? VTRで視る限りは「ロープエスケープ」なども認められている普通の試合のように見えるのですが。


猪木 いやね、ルールよりも何よりも言葉が通じなかったんですよ(笑)。


──え? それはどういう意味ですか?


猪木 いま考えてみたら、お互いに何を基準に闘っているのかさえ曖昧だった。俺のほうは当然プロレスルールのつもりだけど、アクラムのほうはそうじゃないという。全然認識が違ったまま試合になっちゃって。言葉が通じないんだからどうにもならなくてね(笑)。


──しかし、ルール認識が曖昧なまま闘うということは、事前に覚悟を決めておけるわけでもないし、試合が始まったら何をされるかわからないわけですから、それはとてつもない恐怖だったんじゃないですか?


猪木 アクラムは20年間不敗だったんですね。その間にはルー・テーズとも闘って勝ってるんですけど、そもそも勝ち負けがフォールで決められるのか、ギブアップだけなのかは闘う上で大問題なんですよ。そのへんが調整されないまま試合をすることになってしまったものだから、結果的にノールールにならざるを得なかった。いずれにしても、これはギブアップしかないと俺は判断したんで、始まってすぐに関節を取ったんだけど……。


──腕ひしぎが完全に極まって腕が伸びきってました。普通ならあれだけ極まったら折れてしまいますよね。そうならなかったのはアクラムの腕も猪木さんと同じような、いわゆる〝ダブルジョイント(二重関節)〟だったからですか?


猪木 普通、関節は極めたら手応えがあるんだけど、まだ余裕がある感じが残ってて、おかしいなと思ってるうちに逃げられてしまって。


──それは関節の構造の問題なんですか? それとも筋肉の問題なんですか?


猪木 関節そのものより筋肉の問題かな……。ただそれはボディビルで鍛えたような種類の筋肉じゃなくて、格闘のために作られた筋肉でね。触った瞬間はふわっとして手応えがなくて頼りない感じなんだけど、実際にはそれが強靭なんですよ。アクラムの場合はそうでしたね。


──フォール勝ちはない、関節も極まらないとわかった瞬間、どうしようと思われましたか?


猪木 これで終わりだと思ったのに試合が続いていくんでこれは困ったと……。1ラウンドが終わった時点でセコンドの藤原たちとそう話してた。要するにアクラム本人はもう戦意を喪失してるんだけど、セコンドの弟子たちや観客の手前どうしても白旗を挙げられないわけで。本当はレフェリーが宣告すればいいんだろうけど、それをしたらあの国の歴史のなかでずっと築き上げてきた伝統のようなものが、その瞬間に崩れてしまうわけだからそれもできなかったんでしょうね。


【体に染み付いた〝チョークは反則〟という意識が〝腕折り〟の悲劇を招いた】


──もし、レフェリーが試合を止めようものなら、何が起きるかわからない不穏な空気もあった。


猪木 はい。レフェリーも試合を止められない。アクラム本人もギブアップを選んだら生きては帰れない。そうなればあとは玉砕しかない。そういう雰囲気でしたよ。


──試合のなかで猪木さんは腕を噛まれたお返しにアクラムの目を抉ったといわれていますが、試合映像は暗いうえに死角が多すぎてそのあたりの両者の凄絶なやりとりを確認することができません。


猪木 アクラムが苦し紛れに噛みついてきたんで。どこまでがルール内なのかもわからないし、そうくるならもう目を突こうが何をしようがね……。こっち側の認識では噛みついたり首絞め(チョーク攻撃)をしたりするのも禁じ手なんだから。でも、もしあのとき、いまみたいにチョークスリーパーを使っていたら〝落として〟試合を終わらせることができたかもしれなかった(註/インタビューが行われたのは’96年。’80年代後半のUWFとの抗争以来、瞬時に相手を絞め落とすチョークスリーパーが猪木の代名詞になっていた)。


──この試合で猪木さんはチョークは使わなかったんですか?


猪木 こっち(顔面を指差す)だね。


──たしかにアクラムの顔面に強烈なフェイスロックを極めてました。


猪木 うん、やっぱりルールっていうのは1度自分の頭のなかに入るとなかなか変えられないものなんですよ。アマレスの選手なんかも、国際ルールが変わってしまうと全然勝てなくなったりね。我々は本来、チョークはやっちゃいけないことだと身についてしまってるから、試合のなかでそれを使おうという発想自体が最初からなかった。となると、もうあとは折るしかない。長引けばまた玉砕覚悟で何をされるかわからないからね。


──引き分けに持ち込んで、どうにかその場を収めようという考えは浮かばなかったんですか?


猪木 いや、そんなことは考えられなかった。余裕もないし、もう試合も会場も異常な状態になってたから。


──結局、猪木さんがアームロックでアクラムの肩を破壊して勝負はついたわけですが、試合が終わった瞬間は何を考えていましたか?


猪木 ひとつだけ印象に残ってるのが、7万とも10万ともいわれている観衆のどよめきかな。東京ドームのダーッと騒ぐ音とは全然違う、どよめきみたいなものが広がって……。振り返ってみればあれは危険な状態だったんですね。どっかから撃たれるかもしれなかったし、アクラムの弟子たちもたくさんいたわけだから、まともにリングを下りられる保証はなかったわけで。


──藤原喜明さんにそのときの話を伺いました。彼も猪木さんが撃たれるんじゃないかと咄嗟に両手を広げて弾除けになろうとしたところ「藤原、いいよ」と猪木さんがスッと前へ出て両手を高く天に差し上げた。そしたらそれが〝アラーの神への祈りのポーズ〟そっくりだったため大騒ぎだった会場が静まり返ったそうですね。


猪木 ええ。それでも会場にいた前の女房(倍賞美津子氏)やスタッフのみんなは軍隊に守られてどうにか会場を出たと、あとからそう聞きました。


──これは後日談としてカメラマンの原悦生さんが話してくれたエピソードなんですが、ペールワン戦から十数年後、猪木さんと原さんがローマを訪れた際、パキスタン人の花売りの青年が駆け寄ってきてこう言われたと。「俺、アントニオがアクラムの腕折ったのを見たよ。とても悲しかったけどアントニオは強かった。握手してくれるかい」……すごい話です。それだけあの一戦は、パキスタンの人々にとって事件であり、大変な出来事だったんですね。


猪木 パキスタンでは教科書にも載っているらしいんですよ。


──教科書!? そうなんですか。


猪木 なんの教科書かまではわかりませんが載ってるそうです。だからいまでもパキスタンの人たちはあの試合のことを知っているんだと。しかし、グレート・ガマから営々と築き上げてきた一族と国民の誇りと歴史を俺が壊してしまったというか。その後、アクラムの跡を継いだ甥っ子たちも死んでしまいましたから……。皮肉なことにね、世界で唯一「猪木・アリ戦」を評価して俺を認めてくれた国のレスリングを、結局、俺がこの手で滅ぼしてしまったんですよ……。


〈『アントニオ猪木の証明』木村光一著より抜粋〉


# by leicacontax | 2022-02-19 10:25 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(0)

【名勝負=実力拮抗とは限らないのがプロレス】


──ストロング小林選手との一戦が、新日本プロレス人気が最初に爆発した瞬間でした。当時、史上初の越境トップ対決となったストロング小林戦はファンに相当なインパクトを与えましたが、当の猪木さんはストロング小林というレスラーのステータスや実力をどの程度に感じていたんですか?


猪木 試合そのもののインパクトという面では、間違いなく相当なモノだったと思う。当時は新間(寿)がいて、その独特の外交手腕で実現させた試合だった。再戦の前の記者会見では小林に歯を折られたこともあった。俺、歯はまだ全部健在でね、レスラーじゃ稀なんだけど、あのときはちょっと横向いた瞬間にバーン!と殴られて、歯茎が切れて奥歯がグラグラになっちゃって。でも、正直言うとストロング小林という選手を一人のレスラーとして見たときに見下していたのはたしかで、俺の手の内で料理できるという判断はあったね。


──たしかにこの一戦は、ほとんど猪木さんが小林選手の動きと観客の反応をコントロールしていた試合でした。


猪木 俺とやったときがピークの選手って結構いるよね。結果としてそうなってしまうというか、俺とは名勝負を残しているんだけど、他の選手とはそれができずに終わってしまったという。

相手のいいところを引き出すなんて、闘いとしては本来矛盾したことだし、そんな余裕は俺だってなかった。だけど、ただ一つ言えることは、俺には相手の力の奥まで見えてたんだけど、相手には俺の奥が見えなかったということじゃないかな。


【ボディビルで求められるパワーと格闘に必要なパワーの違い】


──会場の異様な雰囲気や観客のテンションの高さもあって、当時はわからなかったんですが、実際、VTRで見直してみると小林選手はグラウンドになるとほとんど何もできていない……いや、させてもらってないんですね。それに大方のマスコミやファンの見方は「力の小林」「技の猪木」だったんですが、じつのところこの一戦の猪木さんの技の入り方やディフェンスを見ると、意外にもアントニオ猪木にはパワーファイターの一面もあったのだとあらためて気付かされます。単純な力比べでも負けていないし、グラウンドで押さえ込む力とか、必ずしもスピードやタイミングだけに頼っているわけでもない力を重視した技の仕掛けとか。


猪木 最近はボディビルで筋肉を身につけたレスラーがパワーファイターと位置付けられてるんだけど、本当は格闘におけるパワーというのはそういう種類の力じゃないんですよ。

本来は“筋”(スジ)の力や躍動感を指していたのに、今の選手たちはそういう意味ではまったく逆のことをやっている。ストロング小林はボディビルから来た選手だったから、一見すると体も一瞬の力も凄いんだけど、実は見かけより格闘パワーは小さかった。

この頃は野球のイチローのおかげで、表面的な体格や筋肉よりも、バランスや重心の移動の重要性に注目が集まるようになったけど、それは本来、プロレスや格闘も同じなんです。

格闘に必要な筋肉を自分の体に見合ったやり方で鍛える。俺がなんとか長くやってこられたのは、肉体の資質もあるけど、根本的な鍛え方の違いがあったと思う。そういう意味で言えば、俺は華奢な割に格闘パワーはあったほうだね。


──猪木さんはこの試合で、小林選手の力を竹をしならせるように受け流したり、あるいはそのしなりの反動を利用して何倍にも返すというように、縦横無尽な闘い方をしてました。

猪木 そう。そういう中身をファンのみなさんには知ってもらいたかったんですよ。


〈『アントニオ猪木の証明』木村光一著より抜粋〉



昨年末、ストロング小林さんが亡くなりました。小林さんとは一度だけですが青梅の自宅で国際プロレス時代の貴重なエピソードなどをたっぷり聞かせていただきました。陽の当たるリビングで猫を膝に乗せて穏やかに微笑んでいた小林さんの姿がいまも忘れられません。ありがとうございました。謹んでご冥福をお祈りいたします。


アントニオ猪木が語る“レジェンドレスラー”         (11)ストロング小林_f0070556_09460455.jpg

                         撮影/20121211


# by leicacontax | 2022-01-07 09:55 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(0)

現実は精巧に造られた夢である。〈長谷川りん二郎の言葉〉


by leicacontax