東京タワー2114

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〈SONY DSC-RX100〉春を待つ、けやき坂。
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by leicacontax | 2013-02-27 14:16 | 東京タワー | Comments(0)

追悼。市川團十郎。

十二代目・市川團十郎が亡くなった。
病気療養中と聞いていた。今年に入り、中村勘三郎の訃報もあったので、ひょっとしたら、との思いはあった。
いまは悲しみより、虚脱感と寂寥感に取り憑かれている。白血病との二度にわたる凄絶な闘病。実子・海老蔵が引き起こしたあるまじき不祥事。どうしても、團十郎を襲った晩年の不幸が、まだ、あまりにも記憶に生々しいからだ。諸々の腹立たしさや怒りや無念は、しかし、ひととき胸の奥に仕舞ってしまおう。
十年前、歌舞伎座の最前列で『義経千本桜』を観劇した。その三段目『すし屋』に〝いがみの権太〟役の團十郎が登場した瞬間を私は忘れられない。全身に漲る気迫と肌が発する神々しいまでの輝き。そして、いまもはっきり目に焼きついているのが、花道の真横、あるいは舞台の真下より至近距離で目撃した、團十郎の低く深い重心をしっかりと支えていた太腿からふくらはぎにかけての筋骨の逞しさ。当時、私は歌舞伎についてはほとんど無知の、まったくのビギナーだった。それでも、團十郎の揺るぎのない立ち姿や無駄のない所作を目で追ううち、その芸を成立させるために日々積み重ねてきたのであろう過酷な修練の存在を瞬時に理解できた。真剣に歌舞伎を観てみよう。いや、真剣に観なければいけない。心に決めたのは、それがきっかけだった。
團十郎が病に倒れたのはその舞台の翌年。復帰は叶ったものの、以降、團十郎の肉体の衰えはもはや隠しようもなかった。つまり、振り返れば、はからずも私は、十二代目・市川團十郎が心技体とも頂点に達していた最高の瞬間に立ち会っていたことになる。失われてはじめて気付く。あれこそが、至福の時間だったのだということに。

合掌。
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by leicacontax | 2013-02-04 12:51 | 歌舞伎/演劇 | Comments(0)