2006年 05月 31日
新橋演舞場特撰落語会 談志・志の輔 夢一夜
f0070556_2252130.jpg新橋演舞場にて「談志・志の輔 夢一夜」を妻と堪能。天才・立川談志とその弟子にして当代随一の人気落語家・立川志の輔の二人会である。

最近、テレビやポッドキャスティングなどでちょくちょく楽しんでいるが、実は、生で落語を聞くのは夫婦揃ってこの日が初めて。この夜、収容人員1400名以上の大劇場は掛け値なしの満員。新橋演舞場での落語会は19年ぶりということだが、その熱気は凄まじかった。

幕が開くと、花道に談志が現われる。いきなりの大真打ち登場に場内、割れんばかりの拍手。談志は歌舞伎の弁慶のように六法を踏む格好をして爆笑を誘い、それから、ゆっくり会場の一階席から三階席まで見渡しながら高座へ。そしてなんと、座布団に正座するなり、両手を上げて「キムジョンイルマン×〜!」「オマン×〜!」。場内騒然。後から登場した志の輔曰く、「師匠の行動は予測不可能。予想通りに事が運んだことは一度もありません」「何事も緻密に計算していながら、やることは正反対」。果たして、花道から高座へ上がるというそれだけの行動で大会場はすっかり談志ワールドと化したわけで、それはまるで、登場するだけでどんな空間も自分の色に染めてしまうあの人、アントニオ猪木のようだった。

f0070556_2285850.jpg肝心の落語はというと、談志自身「体力がなくてコンディションを整えられない」「もう駄目。これが最後」と噺を演じるより愚痴っている時間の方が長い。ところが、それが面白い。アドリブの軌道の外し方が独特で、それ自体が見事な話芸になっているのは言うに及ばず、忘れた頃に唐突に挿入される本筋の噺も一瞬煌めきをみせてはまた外れて、はっきりいって元の噺を知らなければ何が何やらわからない。古典のはずが予測不能。しかし、物語は分断されているというのに、その場面の登場人物の感性や感情は不思議なくらいストレートに伝わってきた。とくに、第二部で演じた「子別れ」という噺の中で、酒と色に狂って女房子供を捨てた父親が、3年ぶりに偶然我が子と再会し、そこで小遣いをやる場面。子供の「これで色鉛筆が買える。あたい、青い色鉛筆が欲しいんだ。海の絵が描きたいんだ」というセリフには意表をつかれてぐっときてしまった。
初めて体感した談志の落語の面白さは、何十回、何百回と観ている大好きな映画の、自分にしかわからない快感のツボだけを早送りしながら何度も味わっている、そんな気持ち良さに似ていると、そう思った。(写真は休憩時間、ロビーに現れた談志師匠)

一方、志の輔の落語は、その巧さにほとほと感服。テレビタレントとしての顔ばかり見てきたせいで知らず知らず色眼鏡で見ていたようで、失礼ながら、正直、これほどの噺家だとは思っていなかった。一寸先も読めない師匠の落語とは打って変わった正当派。古典は古典らしく正確で誠実な語り口で、新作も構成、ディティールとも練り込まれていて隙がない。
会の最後、「今、一番、落語が巧いのはこの男。小朝とはモノが違うよ」と談志師匠は弟子の志の輔をべたぼめ。その表情はなんともいえず誇らしげだった。(文中敬称略)

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by leicacontax | 2006-05-31 02:34 | 歌舞伎/演劇 | Comments(0)
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