2006年 04月 08日
格闘家 猪木の実像〜その6
〈格闘家 猪木の実像〜その6 猪木が人生最大の痛みを味わった技〉

 アントニオ猪木にこんな質問をしたことがある。
「今までにかけられた技で一番痛かった技はどんな技ですか?」
 しばらく考えた後、猪木はこう答えた。
「昔、カール・ゴッチさんとスパーリングした時、俺が下で俯せになってガードしてると、顎にすごい衝撃があって口の中がざっくり切れたことがあったんですよ。グラウンドでは完全にガードの状態に入られてしまうと相手の体は根が張ったみたいに動かなくなる。いくらゴッチさんといえども、その状態になると簡単に技はかけられない。それで、拳骨で顎を打って、そのまま抉るように擦りつけたわけですね。一瞬、打たれた衝撃で隙が出来るでしょう? そこで技に入ろうとしたんですよ。ゴッチさんにしてみれば、俺なんかは若造でしたから一発で極めなければ気が済まなかったんでしょう」
 亀の状態の相手の体勢を崩すのに拳で顔面を打つのはプロレスにおいて反則。おそらく、ゴッチはフェースロックを仕掛けるように見せかけながら(第三者の目にはそう見えて、実は死角をついて)顔面に一撃を加えたのだと思われる。かつて、新日本プロレスのリングでは相手の頬骨を手首でしごく顔面急所責めが頻繁に見られた。もちろん、その使い手ナンバー1は猪木であり、本気を垣間見せた場面では必ずといっていいほど使っていた。猪木がゴッチに仕掛けられたというそのフェースロックに入る前段階の動作は、どうやら、さらにえげつなさの度を増した裏技テクニックのようだった。

 総合格闘技がブームになりかけた頃、「関節技の鬼」藤原喜明にインタビューした。グレイシー柔術の台頭で俄にチョーク・スリーパーがリアルな必殺技として脚光を浴びていた頃のことだ。
 藤原はチョーク・スリーパーの話になると不適に笑いながらこう言い放った。
「首を絞めるのに、はっきりいって大した技術は要らねえんだ。それより、俺たちがゴッチさんから教わったフェースロックの方が遥かに高度な技術だったんだよ」
 首絞めより顔面の急所を極めることの方が難しい。それは簡単に想像がついた。そして、その時はなんとなくわかった気になっていた。しかし、その本当の意味を、私はゴッチの裏技の話を聞くまで理解できていなかった。
 思い起こせば、伝説のセメントマッチ『猪木・ペールワン戦』においても、猪木はフェースロックの変形ともいうべき裏技を使っていた。アウェイの上にルールさえ曖昧なまま始まった極限の試合。関節を極めてもギブアップしない相手と試合を止めないレフェリーに業を煮やした猪木は、ペールワンの顔面を絞め上げる際、指の関節を立てて目玉を抉った。そうなのだ。猪木や藤原がゴッチから学んだフェースロックとは、掛け方ひとつで完全に相手の選手生命さえ奪う恐ろしい技だった。
 猪木はこうも言っていた。
「総合の試合で、最近、スリーパーは決まらないでしょ? くるのがわかっていれば、首のディフェンスはそう難しくないんだよ。だから俺たちはフェースロックの練習をしたんだ。顎を引けば首はディフェンスできても、顔面は空いてる。今の試合みたいに殴るまでもなく、ゴッチさんがやったように急所に一撃を入れれば隙もできる。スリーパーはそこで入れば決まるんだ」
 まさに目から鱗が落ちた思いだった。
 しかし、最後に猪木はこう言って顔をしかめた。
「ただ、フェースロックは格闘技のグローブを着けてると完璧に極められない。あのグローブは、レスラーの本当の技術を見せるには邪魔なんだ」
 必要とされる技術はルールが決める。緩い決めごとで自由に行われてきたからこそ、かえってプロレスには極限の裏技が必要だった。そしてその裏技は、過激に見えて実は選手の致命傷を極力避けるようにできている格闘技ルールとは相容れないものでもあった。
(文中敬称略/つづく)
[PR]

by leicacontax | 2006-04-08 10:08 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(0)
名前
URL
削除用パスワード


<< 東京タワー43      今日のCD/ The Very... >>