格闘家 猪木の実像〜その4

〈格闘家 猪木の実像〜その4 猪木を強くした男達〉

 猪木が若かりし頃、プロレス界には、素晴らしい技術を持った「師匠」も数多く存在していた。     「俺の引き出しの中には、まだ凄いモノが眠っている」という猪木の言葉は、この時代に世界の一流選手たちから受け継いだ技術を根拠にしている。
 20世紀の半ばまで、プロレスにはさまざまなシュート・テクニック(今でいう格闘技)が残っていた(それについては一昨年出版されたビル・ロビンソン自伝「高円寺のレスリング・マスター 人間風車」に詳しい)。すでにアメリカ・マット界はショー化が進んでいたというが、猪木がプロレス入りした時代には、そんな風潮等どこ吹く風の猛者達がまだ数多く存在した。
 とくに人種と文化の坩堝であるアメリカには、世界中のさまざまなスタイルのレスリングが集結。中でもヨーロッパに伝わっていた「キャッチ・アズ・キャッチ・キャン」というランカシャー・スタイルのレスリングは、スポーツ化したレスリングとはまったく異質の、まさしく敵にとどめを刺す「サブミッション」という技術を持つ格闘技だった。
 後にUWFが「サブミッション」という言葉をポピュラーにしたが、キャッチ・アズ・キャッチ・キャンでいうところのサブミッションには、関節技という意味だけでは括れない裏技も含まれる。猪木は、強さを渇望していた若手時代、来日した一流外国人選手達から、ほぼマンツーマンでそれらを学んだ。猪木が言う「俺の引き出し」とは、その、かつてプロレスに存在した格闘技術を指す。

 力道山も対戦を避けたカール・ゴッチに猪木が弟子入りしたのはあまりにも有名。実は猪木は他にも、パット・オコーナー、ディック・ハットン、サニー・マイヤース、そして20世紀最強の「鉄人」ルー・テーズと、プロレス史に名を残す当時の世界最高レベルの強豪選手が来日する度、彼らからも貪欲にテクニックを吸収した。寝技の達人であるパット・オコーナーからはマンツーマンで特訓を受けた(オコーナーは寝技を人に教えるのが趣味だったという。しかし、猪木以外の選手はその厳しい指導を厭がって敬遠。結果として、猪木が最高のコーチを独占する栄誉に浴した)。強くならないはずがなかった。
 日本プロレスの道場にも、猪木を強くしたレスラーがいた。
 大坪清隆。柔道出身のテクニシャンで、引退後はコーチも務めた寝技の名手だった。猪木はこの大坪選手とのスパーリングを通じて、自らの身体感覚に磨きをかけた。
 当時を猪木はこう振り返る。
「道場で誰も外せなかった大坪さんの寝技があった。それを体の柔らかさを利用して俺が初めて外した。その時の大坪さんの悔しがり方ってなかったな」
 己の身体特徴を知り尽くした上で確かな格闘テクニックを身に付けた猪木は、プロレスラーとして開眼する前に一人の格闘家になっていた。
(つづく。文中敬称略)

 
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by leicacontax | 2006-04-04 01:47 | プロレス/格闘技/ボクシング | Comments(0)