格闘家 猪木の実像〜その3
2006年 04月 02日
道場における猪木のスパーリングの強さは若手時代から定評があった。キャリアを超越した猪木の寝技の強さには力道山も舌を巻いたと言われている。
プロレス入りして数年もしないうちに、猪木はグラウンド・レスリングで頭角を現した。まだ体も出来ていなかった猪木は、パワーに勝る先輩や外国人レスラーに対抗するため、ごく自然の流れの中で寝技を己の武器に選んだのである。
同期入門のジャイアント馬場について、猪木はこう語っている。
「道場でのスパーリングでは、寝技になってしまえば腕でも首でも極めるのはそんなに難しくなかった。しかし、脚を取ろうとすると物凄い力で跳ね返されてしまって、まったく技をかけられなかった。あの下半身の人間離れした強さには脱帽した」
ライバルであるジャイアント馬場との如何ともし難い体格差を克服するためにも、寝技は猪木にとってもっとも重要な必修科目だったのだ。
猪木はどのようにして寝技を体得したのか?
以前、石澤常光(ケンドー・カシン)からこんな話を聞いた。
「グレイシーが出てくる前から、猪木会長にはチョークスリーパーを教えてもらっていました」
新日本プロレスには、かつて、イワン・ゴメスというバーリトゥード王者が留学していた時期があった。木戸修、藤原喜明、佐山聡といった後の格闘技界に影響を与えるレスラー達が身に付けた関節技のバリエーションの幾つかは、その時に彼から学んだものだといわれている。ヒール・ホールドはその代表的な技で、勿論、猪木もそれを自分の技のレパートリーに加えた。
しかし、チョークスリーパーに関して猪木に確認すると、意外な言葉が返ってきた。
「あれは誰かに教わったわけじゃない。実戦とスパーリングで自分なりに見つけた技なんだ」
柔道式、レスリング式、柔術式と、同じスリーパーでも微妙に掛け方が違う。猪木の場合、そのどれも知らなかったことで、却って、それぞれの長所を素直に吸収することができたのだという。
「俺の腕が細くて長いという身体特徴とスリーパーはぴったりだった。この技は腕に筋肉がつき過ぎていると掛かりが甘くなる。見栄えが悪くても、骨張った腕の選手の方が効く。よくパンパンに力こぶを作って全身で締めてます、というやり方をしている選手がいるが、そいつは見かけ倒しだと思って間違いない」
自分の身体特徴と合致した技が得意になるのは考えてみれば当然。好きこそものの上手なれとは真実で、実際、猪木はスパーリングの中で自分に合ったスリーパー以外のさまざまな技についても研究し、数々の発見を積み重ねていった。
たとえ試合ではフィニッシュに使えない地味な技でも、技との対話を通して自分が強くなっていく実感。力道山から「プロレスは喧嘩だ」と教えられた猪木は、まずリアルに強くなる、それを優先したのである。
(つづく。文中敬称略)
魔性とも言われた猪木さんのスリーパーですが、あれはチョークスリーパーだったのでしょうか?
私の認識では、チョークスリーパーはのどを直接絞めるプロレスでは反則の技。それに対して猪木さんが多く使っていたのは頚動脈を絞める本来の(?)スリーパーホールドだったと思っています。実際にはどちらも使っていたろうとは思うのですが…。
技術的にはポイントを的確に締めないと効果がない後者の方が高度なのに、きまるとすぐに落ちてしまうので若干ウソっぽく見えるのが悲しいところですけど。(笑)
念のため、和田良覚さんにもスリーパーとチョークスリーパーの違いを確認しましたが、通常、試合で使われているのは、ほんとんどスリーパーホールドで間違いありません。
Taさんの指摘の通り、スリーパーは喉仏に直接ダメージを与える掛け方で、その場合、即タップはあっても頸動脈を締めてるわけではないので落ちることはあり得ません(グレイシーが使っているのもチョークではないと和田さんも言っていました)。
どうやらチョークスリーパーというのはプロレス的な俗名のようで、要するに落ちるほどシビアに掛けた場合にそう呼ばれる、と、そんなことのようです。
猪木さんの場合、掛け方にバリエーションがあって、前腕を水平に近い形で技に入って一気にタップアウトさせるか、あるいは、チョーク気味に入って相手の動きを完全に止め、そこから確実に頸動脈の急所へポイントを移行するというように、入り方や極め方のバリエーションが豊富だったようです。(つづく)
和田さんはこう言っていました。
「レフェリーとしてはチョークであれ、通常のスリーパーであれ、フィニッシュをコールするときはスリーパーとしか言いません。実際、選手の腕の太さや技の入り方によっては、フェースロック気味の極まり方になったり、ネックロック気味の極まり方になったり、ダメージの与え方は異なってきますので」
私もあらためて確認し直して勉強になりました。
有意義な問題提起、ありがとうございました。